結納無しの顔合わせ後 新郎の親は新婦の実家に挨拶必要?問題が起きた

彼女にプロポーズの了承をもらい、早速結婚へ向けて準備をしてきたオレたち。ともに実家を出て、社会人としてひとり暮らしをしてきて10年余り、貯金もまあそこそこある。そんなこともあって、結婚はふたりだけで決めたのだった。双方の両親は全く知らず、事後報告となった。

スポンサードリンク

結納無しで顔合わせ

結婚というものを、それほど難しいことと考えていなかったオレたちは、結納を形式的なものと考えて、当人同士で「結納はしなくていいよね」と安直に決めてしまった。しかし、親たちを引き合わせなくてはならないため、顔合わせだけはきちんとしなくてはと思っていた。しきたりを重視しないで行える「顔合わせ兼食事会」を催して、両家の親たちを紹介し合えば十分だと考えた。儀式的な部分を省いて、ただ両家の親睦を深めてもらうことを、大きな目的とした食事会だった。

7月初旬、顔合わせ食事会は、彼女の実家の近くのホテルで和気あいあいと行われ、和やかななか終了した。彼女もオレも気疲れでかなりへたったが、何かをやり遂げた達成感でいっぱいだった。

あとは来春の結婚式を待つだけ・・と思っていたのだが・・・

結納無しにしたことで起きた問題

ここで問題が浮上。彼女の両親が彼女を通し、こんなことを言ってきた。

「お前の彼氏の親は、うちに挨拶に来ないつもりなの。いくら待っても何の音沙汰もなく、いったいどういうつもりなんだ?こっちは大切な娘をやるっていうのに、もらう挨拶にも来ないなんて非常識だ。」と。

突然のことに、オレもどうしたらいいのかわからなかったので、母親に聞いてみることにした。こんなことを聞かされて、母親だって気持ちのいいものではなかったと思う。まず第一声が、「ええっ!何で!!ちゃんと顔合わせのとき、挨拶をしたじゃない。」そして、少し考えてからこう言った。

「あなたたちは結婚をどう考えているわけ?うちの嫁になるって考えてるの?そうじゃないよね、二人で新しく家庭を作るってことじゃないの?彼女のご両親は、うちに娘をやるって考えてるの?結婚を本人同士の問題ではなくて、家同士の問題と考えてるんだね。

『お宅の娘さんを嫁にいただきたい』、『ふつつかな娘ですがよろしくお願いいたします』みたいなやり取りが必要だって考えなんだね。だったら、結納を省略することに反対すればよかったんだよ。そこは現代風を許しておいて、そのあと男側の親が、女性側の親にお願いに上がらないのが不満って、その場その場で、昔のやり方を押し付けられてもねえ。

結納という大義名分があれば、男側が女性側の実家に挨拶し行ったのにね。だいたい、彼女に彼女のご両親の考えをもっと探ってもらっておけばよかったんだよ。

それにしても、顔合わせも終わってるのに今さら、また挨拶に来いって言われてもねえ。あの顔合わせ食事会の意味がなくなるでしょ。そもそも、この手の話で”何が正式・何が正解”ということを言い出したらキリがないからね。地域だけじゃなく、それぞれの家庭でも考え方や風習は違うし。

スポンサードリンク

とにかく、この問題はあなたたち二人の問題だからね。周りの人を納得させて事を運ぶということは、社会人として大切なことだからね。今回のことは、大人としての対応の練習のつもりで、こっちの意向を伝えてみてね。結局、二人がどれだけこの問題を共有できるか、そしてお互いの考えを理解しあって、わたしたちはこう考えてるって言えるかが大切なんだよ。

何か揉めたときは、その人が何に対して怒っているのかをしっかりと受け止めて、お互いの落としどころを探って、機嫌を損ねないようにうまく誘導しないとね。でも、それぞれの実家の言い分をよく聞くことは大切だけど、それに振り回されちゃだめだよ。あくまで自分たちのルールがいちばん。」

ちなみに、実家では3年前に、妹が結婚式を挙げた。そのときも顔合わせ食事会をしただけで結納はなし。次にお互いの親同士が顔を合わせたのは、結婚式だったとのこと。

結納を省略した末の反省点

結婚というものを深く考えていなかったオレ。ただ「ともに人生を歩んでいきたい」と思った人と、いっしょになるだけだと思ってた。オレにも親がいるように、当然相手にも親がいる。その親は今まで全く知らない人だったわけで、どんな考えを持ってる人なのかなんて、まるでわからないのだ。そんな当たり前の事実に、気づけなかったなんてオレって子どもだったな・・・それはもちろん彼女にも言えるわけで、彼女でさえ親のことがわからなかったのだ。

うちらの失敗は、簡単に結納を省略してしまったこと。そのため、お互いの両親の考え方に、開きができてしまった。きちんと形式的にでも結納をしていれば、うちの両親だってしきたりにのっとってやってくれたのだ。この「形式的にでも」がどれだけ大切だったことか。

よく「気持ちがこもってればいい」という人がいるが、それは本当にそうなのだろうか。「気持ちがあって」、「それを形で示す」、この2つがないと、人にはわかってもらえないと思う。その「形で示す」ことこそが礼儀なのだ、と悟った次第。

そう言えば、人間同士って一応「礼儀」を通して、お互いコミュニケーションをとっているもんな。「親しき仲にも礼儀あり」とも言うし、相手に気持ちを伝えるためには、形式が必要だし大事だったんだ。しきたりや風習に基づいて物事を行えば、トラブルに発展する確率は格段に低くなるだろう。昔の風習を堅苦しいものととらえて、敬遠しないほうがいい、ということを心の底から思った。

まとめ

結局オレが、彼女と話し合わないことにはどうしようもない。当たり前だけど、彼女は彼女のご両親に育てられたわけだから、自分の親の言ってることが、100%正しいと思ってる感が、見てとれるんだよなあ・・説得はおろか、二人の考えをまとめるのでさえできるかどうか不安だ。でも、そんなことは言っていられない。

もし、どうしてもオレの考える結婚観をわかってもらえなかったときは、親に頭を下げて、彼女の家に出向いてもらうしかないよな・・とにもかくにも、この問題がどう決着するか、これからである。

スポンサードリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加